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東京高等裁判所 平成5年(ラ)1121号 決定 1994年4月20日

抗告人 丙川ゆり

相手方 乙山きく

事件本人 甲野花子

主文

原審判を取り消す。

本件を横浜家庭裁判所に差し戻す。

理由

一  本件抗告の理由は、要するに、扶養義務を負う抗告人は無収入であるのに、抗告人の配偶者の収入や子供の収入を当てにして扶養を命じるのはおかしいこと、また、抗告人の配偶者は高額の借金を抱えるなどして扶養料を援助する余裕はないことを主張するものと解される。

二  よって、検討するに、一件記録によると、以下の事実が認められる。

1  本件は、甲野花子の扶養について、同人の次女である相手方が申立人となって、長女である抗告人を相手方として扶養を求めるものである。

2  本件調停申立書には、申立人として相手方が、相手方として抗告人が記載されている。

3  調停期日は抗告人と相手方のみに通知され、平成5年4月15日の第1回調停期日には相手方及びその夫のみが出頭し、同年4月22日の第2回調停期日には相手方及びその夫並びに抗告人が出頭したが、右期日に合意が成立する見込みがないとして調停不成立になり、審判に移行した。

4  その後、平成5年4月22日、横浜家庭裁判所調査官に対して事前包括調査が命じられた。家庭裁判所調査官は、平成5年5月6日相手方と、5月19日抗告人と、6月23日相手方の夫と、それぞれ面接調査し、また、同年6月30日には相手方から書面を受理した。そして、右で調査した結果に基づき家事審判官に対して調査報告書を提出した。その後審判期日が開かれることなく、専ら右家庭裁判所調査官の調査報告に基づき、平成5年10月14日付けで原審判がされた。右審判書においては、甲野花子は当事者欄の末尾に事件本人として記載されている。

右審判は相手方と抗告人には送達されたが、甲野花子に対して告知の手続はとられていない。

5  甲野花子は、明治44年5月3日生まれで、診断書によると気管支喘息に罹患しており、軽度の労作で容易に呼吸困難が出現するため、一日中ベットで安静という状況にあるとされている。そして、現在は、相手方と同居して扶養を受けている状況にある。

三  ところで、扶養に関する処分についての審判は、扶養を受ける者(扶養権利者)と扶養義務を負う者(扶養義務者)との間の扶養法律関係を具体的に形成するものであるから、右審判手続には法律関係の一方当事者である扶養権利者を参加させ、審判の名あて人とする必要があるというべきである(もっとも、非訟事件の性質上、扶養権利者が審判の申立てをしなければならないものとまではいえないと考えられる。なお、扶養権利者と扶養義務者の間で、扶養権利者が扶養義務者全員から受ける扶養の内容について協議が成立し、かつ、右で定まった扶養についての扶養義務者間の分担の問題は扶養義務者相互の協議に委ねられたというような場合は、扶養義務者のみを当事者として審判することが可能と解する余地もあるが、本件がそのような事案であることを認める証拠はない。)。仮に扶養権利者を手続に参加させずに扶養法律関係を形成する審判をすることを認めるとしても、その審判の効力は扶養権利者に及ばないと解されるから、それはせいぜい扶養義務者相互間における扶養権利者の扶養を巡る債権債務関係を形成するだけのものと捉えるべきことになる。しかし、そうなると、後になって扶養権利者が改めて扶養義務者を相手方として扶養を求める審判を申立てることが妨げられなくなり、同じ扶養権利者の扶養を巡る審判の間で統一がとれないおそれが出てくる。こういった点を考えると、家事審判法は、法9条1項乙類8号の扶養に関する処分として、右のような扶養義務者間にのみ効力を有するような審判をすることを予定していないというべきである。

ところが、前記のとおり、原審判においては、扶養権利者である甲野花子は手続に参加しておらず、また、事実上にせよ同人から事情や意見を聴く措置もとられていないのである。

そうすると、その余の点を判断するまでもなく、原審判の手続及びそれに基づく原審判は違法であるといわなければならない。そして、原審判においては事実上にせよ甲野花子から意見を聴く等の措置がとられていないことに鑑み(なお、前記のように、同人は、気管支喘息に罹患しており、寝た切りの状態にはあるが、同人が自己の意思を表明する能力を既に失っている状態にあることが窺える証拠はない。)、これを原裁判所に差し戻し、改めて家事審判法12条に基づき同人を手続に参加させた上家庭裁判所調査官をしてその意見を聴取させる等の措置をとる必要があるというべきである。

四  よって、原審判を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 大坪丘 福島節男)

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